ライトノベル『カウンタアタック! 特撮学園のCGさん』 ‐第1章 その2‐

『カウンタアタック! 特撮学園のCGさん』
 ‐ 第1章 「あの子の名前はCGさん」 その2 ‐
     作:南瓜汁したたり
     イラスト:チョコの人



 その席の机には花瓶が飾られ、あの少女の髪の色と同じように青白く美しい花が、風にゆっくりと揺れていた。
「嘘……」
 私は愕然としながらふらふらと、花瓶のある机に近づいた。あの少女には二度と会えない……。目の前が真っ暗になったような感覚。……いや、感覚ではなく知覚であった。窓外が一瞬で暗くなり――
 衝撃。
「(ズガァン!)」
 轟音。巨大地震のような爆発的な揺れが襲い、机の花瓶が落ちて砕け散った。
「キャアアアアアア!」
「逃げろ!」
 猛烈な土煙と悲鳴が上がり、教室にいた生徒たちが一斉に廊下へと避難していく。
「ひっ! な、何?」
「(ジリリリリリリリ……)」
 非常ベルが鳴り響く。
 1人取り残された私は腰が抜け、尻餅をついた状態から立ち上がれない。窓外を見て状況を把握しようとした。
「グォオ……ン……」
 真っ暗い影が窓枠から離れると、“それ”に外光が当たり始め、土煙が和らぐとともに、“それ”の姿が次第に明らかになった。
「ひっ……!」
 私は絶句した。もの凄く巨大で青黒く、あり得ないほど悍ましい、身の毛もよだつ嫌悪感を体の底から湧き上がらせて止まない“それ”は、“怪獣”と言うより他は無かった。
「グルルルルル……」
 気持ちの悪い怪獣が、私を睨みつけた。
「(喰われる!)」
 捕食される側の直感が、生まれて初めて、電撃のように身体中を駆け巡った。
「ひぁ、ぁあぁあぁ……」
 暖かい液体が太股を包み込んだが、一瞬にして冷え、悍ましい怪獣の呼吸による強烈な異臭を伴った風を、冷ややかに伝える。
「……ぁぁあああああ!」
 失禁によって一瞬冷静さを取り戻した私は、腰が抜けながらも、悍ましい怪獣から逃れようと、びちゃびちゃと廊下へ這って向かった。
「(死にたくない! 死にたくない!!)」
 私はパニックになった猿と同様にキャーキャー叫び、心の底から懇願した。涙が溢れ、視界が完全にぼやけた。
「校庭に怪獣が現われたわン☆ 校門近くの地下シェルターまで急いでねン☆ 早くしないと、死・ん・じゃ・う・ぞン☆」
 四季城先生のKY極まりない放送の中、何とか教室の扉まで辿りついた私は、捕食者たる怪獣の位置を確認しようと振り返った。
「グアアアアアアアアアオン!」
 怪獣は既に私から視線を外し、背を向け、身構えていた。
「(何者かを威嚇している……?)」
 窓外に目を凝らすと、濛々たる土煙の向こうに、巨大な人影が見えた。
「巨人……?」
 状況から察するに、怪獣が巨人との戦いで校庭に吹き飛ばされ、この校舎に倒れこんだという事のようだ。あまりに一瞬かつ、スケール感の違い過ぎる出来事で、直前まで誰も気付いていなかった。
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「唯! 唯!!」
 廊下の向こうからカナが真っ青な顔をしながら駆け戻ってきた。
「あんた何でまだここに居るの! 逃げるよ!」
「こ、腰が……ぬけて……」
「行くよ!」
 カナは私よりも小柄で華奢なはずなのに、私を力強く引っ張りあげて自分の背中に負ぶった。
「ままま待って、私、きたない……」
 言い終わる前にヨロヨロと歩き出すカナ。
「え、なにこれ? 唯びしょびしょじゃない……う、うわ! 臭っ! ……もしかして……」
「う、うぇえ……」
「な、泣かないでよ……」
「らって……情けなくて……」
「大丈夫だよ、皆には黙っておく」
「……ありがろうごらいまひゅ……(ズビズバ!)」
「げ! 私の背中で涙と鼻水を拭うな!」
「ごめん、つい……(ズビー!)」
「まぁ、どうせ既にびしょびしょだけどさ……あんたの各種汁まみれよ……」
「へへ……」
「……笑うのは生きて帰れたらにしよう」
 廊下の角を曲がると、非常階段へと通ずる廊下は途中から無くなり、崩れた壁の向こうでは、巨人と怪獣との死闘が繰り広げられていた。
「……」
 私は、カナの背中で、もう一度漏らした。

     ◆

「ゴア!」
「グアアアオン!」
 校庭で対峙する、巨人と怪獣。ジリジリと睨みあっている。互いの一撃が致命傷になることを熟知した、野生の緊張感が漂う。隙を見せた瞬間、死に転落する。
 怪獣の醜さに対し、巨人は精悍そのもので、凛々しい。しかしその体表は、地球の生物ではないことを伝えていた。
「早く校舎から出ろ! 地下シェルターへ急げ! 押し合いはするなよ!」
 体育担当の倉島先生が、大声を張り上げて誘導している。
「おい! そこ、戻るな! 死ぬぞ!」
 倉島は、1度入った地下シェルターから出て校舎に向かおうとする男子生徒を、その立派な体格から放たれる怪力をもってぐいと引き止めた。
「小村崎さんが居ないんだ!」
「十文字か。小村崎……入学式早々に入院してたアイツか!」
「入院生活で足腰弱ってるはずだから、逃げ遅れたのかも! 行かせてくれ!」
「バッキャロウ! どうせ死ぬなら2人のほうが淋しくないぜ!」
「倉島……!」
「“先生”をつけろ、“先生”を!」
「すんません、雰囲気的に……」
「心当たりはあるか?」
「B組に行ったはず……」
「西館の3階か!」
 校舎に向かって駆け出す2人。
 瞬間、すぐ横の校庭で、怪獣が急速に一捻りをし、ず太く長い尻尾を巨人にぶつける。
「(ドッゴオォォォオン!)」
 爆音を伴った爆風が吹き荒れた。
「うおわ!」
「ぐはっ!」
 2人は、半分吹き飛ばされた状態で校舎に転がり込んだ。
「こいつぁヤバいな、急ぐぞ!」
 転がる十文字を引っ張りあげて、倉島が駆け出す。
「お前、受け身へったくそだなぁ! 何のために柔道の授業があると思ってんだ」
「今、猛烈に反省してます! いってぇ~……」
 息を切らしながら、2人は階段を駆け上がっていった。

     ◆

 「ゴァ……ゴゥァア……」
 苦しむ巨人。尻尾の一撃をガードした右腕が、折れてぶらんと垂れていた。しかし視線は怪獣から逸らさない。隙を見せた瞬間、死ぬからだ。
「グルルルルル……」
 怪獣は、巨人を次の一撃で仕留めようと、隙を伺ってる。
「うわぁ、腕が……」
 壊れた壁の向こうで展開されるその様子を、足を放り出しながら座って見つめるカナ。
「凄いねぇ……」
 私は、正座させられていた。
「落ち着いた? そして、反省した? 唯さんや」
「はい、大変申しわけありませんでした」
「明日からオムツしてきなさいよ、オムツ」
「絶! 対! 嫌!」
「嫌っつったって、あんたの心臓じゃあこの学校の日常はパンツ何枚あっても足りないわよ」
「え? どゆこと?」
 そういえばカナもそうだが、さっきの教室からの退避っぷりといい、みんな妙にテキパキしていた。
「今日のコレみたいなのは極端だけど、毎日毎日、それこそ失禁レベルの刺激の連続よ」
「……へ?」
「だってここ、“特撮学園”だもん。願書書くとき調べなかったの?」
「……推薦だったから……」
「いや、推薦でも調べなよ……」
「え? じゃあこれ、授業の一環なの? アトラクション?」
「いや、偽りなく現実だよ。だから、死ぬ」
 カナが指差した階下を覗き込むと、男子生徒が脳漿をぶちまけた状態だった。まだ下半身は痙攣していて、時折バタバタと動き、その度に血が噴出しいている。
「(絶句)」
「さて、避難の続きといきますかな……ん?」
「……どったん?」
「はは、私も腰抜けちゃった……やっぱ……怖いや……って、おい! 人が震えて涙目になってるのに!」
 座っているカナの手元に、死体を見たことで再び発生した私の聖なる泉が到達し、浸った。
「う、うぇえ……」
「私も泣いていい?」

     ◆

 「(ズガァン!)」
 校舎が激しく揺れ、たまらず十文字と倉島が階段に倒れこんだ。
「むう、時間が無いのにこの校舎は広過ぎる! 十文字、小村崎が3Fのどの辺に居そうか見当つくか?」
「きっとB組と非常階段の間!」
「なるほど!」
「(ドゴァ!)」
 2人の居る階段の壁が吹っ飛んだ。光と土煙、破片が大量に降り注ぐ。
「ぬおおおお!?」
「し、死ぬうううう!」
「十文字! い、急げ!」
 2人は半泣きで、むき出しの階段を駆け上がる。

     ◆

 「ゴア!」
 巨人は、校舎の破片を手に掴むと、怪獣に向かって投げつけた。目潰しだ。
「グギャアオン!」
 怯んだ怪獣を目がけ、巨人は渾身のドロップキックを放った。
「(ボギョキィ!)」
 鈍い音が轟き、怪獣の左腕が折れた。
「グギャアアアアアアアアオン!」
 怪獣頭部を狙ったドロップキックだったが、目潰しで慌てた怪獣の所作が、運悪くガードとなってしまった。しかし、確実なダメージが怪獣のさらなる隙を作った。
「ゴアー!」
 巨人は左パンチを怪獣の腹に放ち、折れてプラプラしている右手をムチのように振り回してチョップを脳天に叩き込み、さらに左のアッパーカットをキメた。
「グルルルルル……」
 怪獣はバタリと校舎に倒れこんだ。

     ◆

「キャアア!」
 衝撃に対し、校舎の私たちの居る箇所は何とか持ったが、戦いの様子を見ていたカナが震え始めた。
「やばい、どうしよう、逃げないと危ないかも」
「え?」
「位置関係的に、巨人の必殺光線がこっちに来ちゃう」
 視線を壁外に移すと、巨人は必殺技のタメと思しき所作を始めた。
「そんな……!」
「ゴォォァァアア……ッ!」
 巨人は光の渦をためにため、怪獣――私たちの居る方向――に狙いを定めた。
「居た! 2人居るぞ!」
「おい、大丈夫か! 動けないのか? 今行く!」
 十文字君と倉島先生が駆け寄ってきた。
「十文字は小村崎を背負って行け! 俺は藺草を連れて行く! ヤバいぞ! 急げ!」
「はい! 大丈夫? 行くよ!」
「う、うん!」
 颯爽と登場した十文字君は、私に振り返って手を伸ばすと、背中に負ぶって走り出した。その様は、まるで――
「ゴアアアアア――!」
「グッギャアアアアアアアアオン!」
「(ドッガアアアアアアアン!)」
 巨人が必殺光線を放ち、怪獣を爆発させた。私とカナが座っていた場所が一瞬で消し飛ぶ。光線を受けた際に怪獣がたまたま身をよじったことで、私たちは光線の影になって直撃を逃れたものの、爆風に吹っ飛ばされ、残った壁に打ち付けられた。
「ん、うう……」
 爆炎が晴れると、既に巨人の姿は無かった。
「あの巨人はいったい……?」
「さあね。何の情報も無し」
「そうなんだ……じゃない! 十文字君! ありがとう! 本当に……本当に!」
「お、おう……」
 十文字君は、照れくさそうに頭をかいた。
「っつうか小村崎さん……何でびちょびちょなの?」
「えっ! いや、あの……」
「ん? 臭い……?」
「……う、うぇえ……」
 私の顔は燃えるように熱くなり、涙が溢れ出してしまった。
「え! ええ!?」
 十文字君は状況が飲み込めていない様子だ。
「ごめんね、ごめんね……」
 私は涙が止まらない。
「バッキャロウ!」
 倉島先生の鉄拳が、十文字君の頬に炸裂した。
「いっつ……! ええ!?」
「台無しだよ、十文字……」
 カナも十文字君を蔑んだ目で見下す。
「えええ~っ!?」

     ◆

 夕焼けの中、半壊した校舎と、怪獣の肉塊を見上げる人物――四季城先生だ。
「こうなって来ると、さすがに急がないと駄目ね……。まったく……せっかちな男は嫌われるわよ」
 その視線は鋭い。

     ◆

 あの巨人は、あの怪獣は何だったのだろうか。これが日常の“特撮学園”とは何なのだろうか。
 私はあまりの出来事に転校も考えたが、CGさんと呼ばれるあの少女の顛末がどうしても気になり、転校はそれを調べてからにしようと思った。恐らくそれは、幸せな情報ではないだろう。でも、私の命を救ってくれた少女の最期は、知らねばならないと強く思った。


 そして、その夜私は、失禁系の乙女ゲームをポチッた。


 乙女に不可能の文字は、無い。

     ◆

 満月。
「(ぐちゃ……ぬちゃり……)」
 死んだはずの怪獣の肉塊が、月光の中、蠢く――



     第2章へ、つづく

テーマ : 自作小説
ジャンル : 小説・文学

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