ライトノベル『カウンタアタック! 特撮学園のCGさん』 ‐第1章 その2‐
『カウンタアタック! 特撮学園のCGさん』
‐ 第1章 「あの子の名前はCGさん」 その2 ‐
作:南瓜汁したたり
イラスト:チョコの人
その席の机には花瓶が飾られ、あの少女の髪の色と同じように青白く美しい花が、風にゆっくりと揺れていた。
「嘘……」
私は愕然としながらふらふらと、花瓶のある机に近づいた。あの少女には二度と会えない……。目の前が真っ暗になったような感覚。……いや、感覚ではなく知覚であった。窓外が一瞬で暗くなり――
衝撃。
「(ズガァン!)」
轟音。巨大地震のような爆発的な揺れが襲い、机の花瓶が落ちて砕け散った。
「キャアアアアアア!」
「逃げろ!」
猛烈な土煙と悲鳴が上がり、教室にいた生徒たちが一斉に廊下へと避難していく。
「ひっ! な、何?」
「(ジリリリリリリリ……)」
非常ベルが鳴り響く。
1人取り残された私は腰が抜け、尻餅をついた状態から立ち上がれない。窓外を見て状況を把握しようとした。
「グォオ……ン……」
真っ暗い影が窓枠から離れると、“それ”に外光が当たり始め、土煙が和らぐとともに、“それ”の姿が次第に明らかになった。
「ひっ……!」
私は絶句した。もの凄く巨大で青黒く、あり得ないほど悍ましい、身の毛もよだつ嫌悪感を体の底から湧き上がらせて止まない“それ”は、“怪獣”と言うより他は無かった。
「グルルルルル……」
気持ちの悪い怪獣が、私を睨みつけた。
「(喰われる!)」
捕食される側の直感が、生まれて初めて、電撃のように身体中を駆け巡った。
「ひぁ、ぁあぁあぁ……」
暖かい液体が太股を包み込んだが、一瞬にして冷え、悍ましい怪獣の呼吸による強烈な異臭を伴った風を、冷ややかに伝える。
「……ぁぁあああああ!」
失禁によって一瞬冷静さを取り戻した私は、腰が抜けながらも、悍ましい怪獣から逃れようと、びちゃびちゃと廊下へ這って向かった。
「(死にたくない! 死にたくない!!)」
私はパニックになった猿と同様にキャーキャー叫び、心の底から懇願した。涙が溢れ、視界が完全にぼやけた。
「校庭に怪獣が現われたわン☆ 校門近くの地下シェルターまで急いでねン☆ 早くしないと、死・ん・じゃ・う・ぞン☆」
四季城先生のKY極まりない放送の中、何とか教室の扉まで辿りついた私は、捕食者たる怪獣の位置を確認しようと振り返った。
「グアアアアアアアアアオン!」
怪獣は既に私から視線を外し、背を向け、身構えていた。
「(何者かを威嚇している……?)」
窓外に目を凝らすと、濛々たる土煙の向こうに、巨大な人影が見えた。
「巨人……?」
状況から察するに、怪獣が巨人との戦いで校庭に吹き飛ばされ、この校舎に倒れこんだという事のようだ。あまりに一瞬かつ、スケール感の違い過ぎる出来事で、直前まで誰も気付いていなかった。

「唯! 唯!!」
廊下の向こうからカナが真っ青な顔をしながら駆け戻ってきた。
「あんた何でまだここに居るの! 逃げるよ!」
「こ、腰が……ぬけて……」
「行くよ!」
カナは私よりも小柄で華奢なはずなのに、私を力強く引っ張りあげて自分の背中に負ぶった。
「ままま待って、私、きたない……」
言い終わる前にヨロヨロと歩き出すカナ。
「え、なにこれ? 唯びしょびしょじゃない……う、うわ! 臭っ! ……もしかして……」
「う、うぇえ……」
「な、泣かないでよ……」
「らって……情けなくて……」
「大丈夫だよ、皆には黙っておく」
「……ありがろうごらいまひゅ……(ズビズバ!)」
「げ! 私の背中で涙と鼻水を拭うな!」
「ごめん、つい……(ズビー!)」
「まぁ、どうせ既にびしょびしょだけどさ……あんたの各種汁まみれよ……」
「へへ……」
「……笑うのは生きて帰れたらにしよう」
廊下の角を曲がると、非常階段へと通ずる廊下は途中から無くなり、崩れた壁の向こうでは、巨人と怪獣との死闘が繰り広げられていた。
「……」
私は、カナの背中で、もう一度漏らした。
◆
「ゴア!」
「グアアアオン!」
校庭で対峙する、巨人と怪獣。ジリジリと睨みあっている。互いの一撃が致命傷になることを熟知した、野生の緊張感が漂う。隙を見せた瞬間、死に転落する。
怪獣の醜さに対し、巨人は精悍そのもので、凛々しい。しかしその体表は、地球の生物ではないことを伝えていた。
「早く校舎から出ろ! 地下シェルターへ急げ! 押し合いはするなよ!」
体育担当の倉島先生が、大声を張り上げて誘導している。
「おい! そこ、戻るな! 死ぬぞ!」
倉島は、1度入った地下シェルターから出て校舎に向かおうとする男子生徒を、その立派な体格から放たれる怪力をもってぐいと引き止めた。
「小村崎さんが居ないんだ!」
「十文字か。小村崎……入学式早々に入院してたアイツか!」
「入院生活で足腰弱ってるはずだから、逃げ遅れたのかも! 行かせてくれ!」
「バッキャロウ! どうせ死ぬなら2人のほうが淋しくないぜ!」
「倉島……!」
「“先生”をつけろ、“先生”を!」
「すんません、雰囲気的に……」
「心当たりはあるか?」
「B組に行ったはず……」
「西館の3階か!」
校舎に向かって駆け出す2人。
瞬間、すぐ横の校庭で、怪獣が急速に一捻りをし、ず太く長い尻尾を巨人にぶつける。
「(ドッゴオォォォオン!)」
爆音を伴った爆風が吹き荒れた。
「うおわ!」
「ぐはっ!」
2人は、半分吹き飛ばされた状態で校舎に転がり込んだ。
「こいつぁヤバいな、急ぐぞ!」
転がる十文字を引っ張りあげて、倉島が駆け出す。
「お前、受け身へったくそだなぁ! 何のために柔道の授業があると思ってんだ」
「今、猛烈に反省してます! いってぇ~……」
息を切らしながら、2人は階段を駆け上がっていった。
◆
「ゴァ……ゴゥァア……」
苦しむ巨人。尻尾の一撃をガードした右腕が、折れてぶらんと垂れていた。しかし視線は怪獣から逸らさない。隙を見せた瞬間、死ぬからだ。
「グルルルルル……」
怪獣は、巨人を次の一撃で仕留めようと、隙を伺ってる。
「うわぁ、腕が……」
壊れた壁の向こうで展開されるその様子を、足を放り出しながら座って見つめるカナ。
「凄いねぇ……」
私は、正座させられていた。
「落ち着いた? そして、反省した? 唯さんや」
「はい、大変申しわけありませんでした」
「明日からオムツしてきなさいよ、オムツ」
「絶! 対! 嫌!」
「嫌っつったって、あんたの心臓じゃあこの学校の日常はパンツ何枚あっても足りないわよ」
「え? どゆこと?」
そういえばカナもそうだが、さっきの教室からの退避っぷりといい、みんな妙にテキパキしていた。
「今日のコレみたいなのは極端だけど、毎日毎日、それこそ失禁レベルの刺激の連続よ」
「……へ?」
「だってここ、“特撮学園”だもん。願書書くとき調べなかったの?」
「……推薦だったから……」
「いや、推薦でも調べなよ……」
「え? じゃあこれ、授業の一環なの? アトラクション?」
「いや、偽りなく現実だよ。だから、死ぬ」
カナが指差した階下を覗き込むと、男子生徒が脳漿をぶちまけた状態だった。まだ下半身は痙攣していて、時折バタバタと動き、その度に血が噴出しいている。
「(絶句)」
「さて、避難の続きといきますかな……ん?」
「……どったん?」
「はは、私も腰抜けちゃった……やっぱ……怖いや……って、おい! 人が震えて涙目になってるのに!」
座っているカナの手元に、死体を見たことで再び発生した私の聖なる泉が到達し、浸った。
「う、うぇえ……」
「私も泣いていい?」
◆
「(ズガァン!)」
校舎が激しく揺れ、たまらず十文字と倉島が階段に倒れこんだ。
「むう、時間が無いのにこの校舎は広過ぎる! 十文字、小村崎が3Fのどの辺に居そうか見当つくか?」
「きっとB組と非常階段の間!」
「なるほど!」
「(ドゴァ!)」
2人の居る階段の壁が吹っ飛んだ。光と土煙、破片が大量に降り注ぐ。
「ぬおおおお!?」
「し、死ぬうううう!」
「十文字! い、急げ!」
2人は半泣きで、むき出しの階段を駆け上がる。
◆
「ゴア!」
巨人は、校舎の破片を手に掴むと、怪獣に向かって投げつけた。目潰しだ。
「グギャアオン!」
怯んだ怪獣を目がけ、巨人は渾身のドロップキックを放った。
「(ボギョキィ!)」
鈍い音が轟き、怪獣の左腕が折れた。
「グギャアアアアアアアアオン!」
怪獣頭部を狙ったドロップキックだったが、目潰しで慌てた怪獣の所作が、運悪くガードとなってしまった。しかし、確実なダメージが怪獣のさらなる隙を作った。
「ゴアー!」
巨人は左パンチを怪獣の腹に放ち、折れてプラプラしている右手をムチのように振り回してチョップを脳天に叩き込み、さらに左のアッパーカットをキメた。
「グルルルルル……」
怪獣はバタリと校舎に倒れこんだ。
◆
「キャアア!」
衝撃に対し、校舎の私たちの居る箇所は何とか持ったが、戦いの様子を見ていたカナが震え始めた。
「やばい、どうしよう、逃げないと危ないかも」
「え?」
「位置関係的に、巨人の必殺光線がこっちに来ちゃう」
視線を壁外に移すと、巨人は必殺技のタメと思しき所作を始めた。
「そんな……!」
「ゴォォァァアア……ッ!」
巨人は光の渦をためにため、怪獣――私たちの居る方向――に狙いを定めた。
「居た! 2人居るぞ!」
「おい、大丈夫か! 動けないのか? 今行く!」
十文字君と倉島先生が駆け寄ってきた。
「十文字は小村崎を背負って行け! 俺は藺草を連れて行く! ヤバいぞ! 急げ!」
「はい! 大丈夫? 行くよ!」
「う、うん!」
颯爽と登場した十文字君は、私に振り返って手を伸ばすと、背中に負ぶって走り出した。その様は、まるで――
「ゴアアアアア――!」
「グッギャアアアアアアアアオン!」
「(ドッガアアアアアアアン!)」
巨人が必殺光線を放ち、怪獣を爆発させた。私とカナが座っていた場所が一瞬で消し飛ぶ。光線を受けた際に怪獣がたまたま身をよじったことで、私たちは光線の影になって直撃を逃れたものの、爆風に吹っ飛ばされ、残った壁に打ち付けられた。
「ん、うう……」
爆炎が晴れると、既に巨人の姿は無かった。
「あの巨人はいったい……?」
「さあね。何の情報も無し」
「そうなんだ……じゃない! 十文字君! ありがとう! 本当に……本当に!」
「お、おう……」
十文字君は、照れくさそうに頭をかいた。
「っつうか小村崎さん……何でびちょびちょなの?」
「えっ! いや、あの……」
「ん? 臭い……?」
「……う、うぇえ……」
私の顔は燃えるように熱くなり、涙が溢れ出してしまった。
「え! ええ!?」
十文字君は状況が飲み込めていない様子だ。
「ごめんね、ごめんね……」
私は涙が止まらない。
「バッキャロウ!」
倉島先生の鉄拳が、十文字君の頬に炸裂した。
「いっつ……! ええ!?」
「台無しだよ、十文字……」
カナも十文字君を蔑んだ目で見下す。
「えええ~っ!?」
◆
夕焼けの中、半壊した校舎と、怪獣の肉塊を見上げる人物――四季城先生だ。
「こうなって来ると、さすがに急がないと駄目ね……。まったく……せっかちな男は嫌われるわよ」
その視線は鋭い。
◆
あの巨人は、あの怪獣は何だったのだろうか。これが日常の“特撮学園”とは何なのだろうか。
私はあまりの出来事に転校も考えたが、CGさんと呼ばれるあの少女の顛末がどうしても気になり、転校はそれを調べてからにしようと思った。恐らくそれは、幸せな情報ではないだろう。でも、私の命を救ってくれた少女の最期は、知らねばならないと強く思った。
そして、その夜私は、失禁系の乙女ゲームをポチッた。
乙女に不可能の文字は、無い。
◆
満月。
「(ぐちゃ……ぬちゃり……)」
死んだはずの怪獣の肉塊が、月光の中、蠢く――
第2章へ、つづく
‐ 第1章 「あの子の名前はCGさん」 その2 ‐
作:南瓜汁したたり
イラスト:チョコの人
その席の机には花瓶が飾られ、あの少女の髪の色と同じように青白く美しい花が、風にゆっくりと揺れていた。
「嘘……」
私は愕然としながらふらふらと、花瓶のある机に近づいた。あの少女には二度と会えない……。目の前が真っ暗になったような感覚。……いや、感覚ではなく知覚であった。窓外が一瞬で暗くなり――
衝撃。
「(ズガァン!)」
轟音。巨大地震のような爆発的な揺れが襲い、机の花瓶が落ちて砕け散った。
「キャアアアアアア!」
「逃げろ!」
猛烈な土煙と悲鳴が上がり、教室にいた生徒たちが一斉に廊下へと避難していく。
「ひっ! な、何?」
「(ジリリリリリリリ……)」
非常ベルが鳴り響く。
1人取り残された私は腰が抜け、尻餅をついた状態から立ち上がれない。窓外を見て状況を把握しようとした。
「グォオ……ン……」
真っ暗い影が窓枠から離れると、“それ”に外光が当たり始め、土煙が和らぐとともに、“それ”の姿が次第に明らかになった。
「ひっ……!」
私は絶句した。もの凄く巨大で青黒く、あり得ないほど悍ましい、身の毛もよだつ嫌悪感を体の底から湧き上がらせて止まない“それ”は、“怪獣”と言うより他は無かった。
「グルルルルル……」
気持ちの悪い怪獣が、私を睨みつけた。
「(喰われる!)」
捕食される側の直感が、生まれて初めて、電撃のように身体中を駆け巡った。
「ひぁ、ぁあぁあぁ……」
暖かい液体が太股を包み込んだが、一瞬にして冷え、悍ましい怪獣の呼吸による強烈な異臭を伴った風を、冷ややかに伝える。
「……ぁぁあああああ!」
失禁によって一瞬冷静さを取り戻した私は、腰が抜けながらも、悍ましい怪獣から逃れようと、びちゃびちゃと廊下へ這って向かった。
「(死にたくない! 死にたくない!!)」
私はパニックになった猿と同様にキャーキャー叫び、心の底から懇願した。涙が溢れ、視界が完全にぼやけた。
「校庭に怪獣が現われたわン☆ 校門近くの地下シェルターまで急いでねン☆ 早くしないと、死・ん・じゃ・う・ぞン☆」
四季城先生のKY極まりない放送の中、何とか教室の扉まで辿りついた私は、捕食者たる怪獣の位置を確認しようと振り返った。
「グアアアアアアアアアオン!」
怪獣は既に私から視線を外し、背を向け、身構えていた。
「(何者かを威嚇している……?)」
窓外に目を凝らすと、濛々たる土煙の向こうに、巨大な人影が見えた。
「巨人……?」
状況から察するに、怪獣が巨人との戦いで校庭に吹き飛ばされ、この校舎に倒れこんだという事のようだ。あまりに一瞬かつ、スケール感の違い過ぎる出来事で、直前まで誰も気付いていなかった。

「唯! 唯!!」
廊下の向こうからカナが真っ青な顔をしながら駆け戻ってきた。
「あんた何でまだここに居るの! 逃げるよ!」
「こ、腰が……ぬけて……」
「行くよ!」
カナは私よりも小柄で華奢なはずなのに、私を力強く引っ張りあげて自分の背中に負ぶった。
「ままま待って、私、きたない……」
言い終わる前にヨロヨロと歩き出すカナ。
「え、なにこれ? 唯びしょびしょじゃない……う、うわ! 臭っ! ……もしかして……」
「う、うぇえ……」
「な、泣かないでよ……」
「らって……情けなくて……」
「大丈夫だよ、皆には黙っておく」
「……ありがろうごらいまひゅ……(ズビズバ!)」
「げ! 私の背中で涙と鼻水を拭うな!」
「ごめん、つい……(ズビー!)」
「まぁ、どうせ既にびしょびしょだけどさ……あんたの各種汁まみれよ……」
「へへ……」
「……笑うのは生きて帰れたらにしよう」
廊下の角を曲がると、非常階段へと通ずる廊下は途中から無くなり、崩れた壁の向こうでは、巨人と怪獣との死闘が繰り広げられていた。
「……」
私は、カナの背中で、もう一度漏らした。
◆
「ゴア!」
「グアアアオン!」
校庭で対峙する、巨人と怪獣。ジリジリと睨みあっている。互いの一撃が致命傷になることを熟知した、野生の緊張感が漂う。隙を見せた瞬間、死に転落する。
怪獣の醜さに対し、巨人は精悍そのもので、凛々しい。しかしその体表は、地球の生物ではないことを伝えていた。
「早く校舎から出ろ! 地下シェルターへ急げ! 押し合いはするなよ!」
体育担当の倉島先生が、大声を張り上げて誘導している。
「おい! そこ、戻るな! 死ぬぞ!」
倉島は、1度入った地下シェルターから出て校舎に向かおうとする男子生徒を、その立派な体格から放たれる怪力をもってぐいと引き止めた。
「小村崎さんが居ないんだ!」
「十文字か。小村崎……入学式早々に入院してたアイツか!」
「入院生活で足腰弱ってるはずだから、逃げ遅れたのかも! 行かせてくれ!」
「バッキャロウ! どうせ死ぬなら2人のほうが淋しくないぜ!」
「倉島……!」
「“先生”をつけろ、“先生”を!」
「すんません、雰囲気的に……」
「心当たりはあるか?」
「B組に行ったはず……」
「西館の3階か!」
校舎に向かって駆け出す2人。
瞬間、すぐ横の校庭で、怪獣が急速に一捻りをし、ず太く長い尻尾を巨人にぶつける。
「(ドッゴオォォォオン!)」
爆音を伴った爆風が吹き荒れた。
「うおわ!」
「ぐはっ!」
2人は、半分吹き飛ばされた状態で校舎に転がり込んだ。
「こいつぁヤバいな、急ぐぞ!」
転がる十文字を引っ張りあげて、倉島が駆け出す。
「お前、受け身へったくそだなぁ! 何のために柔道の授業があると思ってんだ」
「今、猛烈に反省してます! いってぇ~……」
息を切らしながら、2人は階段を駆け上がっていった。
◆
「ゴァ……ゴゥァア……」
苦しむ巨人。尻尾の一撃をガードした右腕が、折れてぶらんと垂れていた。しかし視線は怪獣から逸らさない。隙を見せた瞬間、死ぬからだ。
「グルルルルル……」
怪獣は、巨人を次の一撃で仕留めようと、隙を伺ってる。
「うわぁ、腕が……」
壊れた壁の向こうで展開されるその様子を、足を放り出しながら座って見つめるカナ。
「凄いねぇ……」
私は、正座させられていた。
「落ち着いた? そして、反省した? 唯さんや」
「はい、大変申しわけありませんでした」
「明日からオムツしてきなさいよ、オムツ」
「絶! 対! 嫌!」
「嫌っつったって、あんたの心臓じゃあこの学校の日常はパンツ何枚あっても足りないわよ」
「え? どゆこと?」
そういえばカナもそうだが、さっきの教室からの退避っぷりといい、みんな妙にテキパキしていた。
「今日のコレみたいなのは極端だけど、毎日毎日、それこそ失禁レベルの刺激の連続よ」
「……へ?」
「だってここ、“特撮学園”だもん。願書書くとき調べなかったの?」
「……推薦だったから……」
「いや、推薦でも調べなよ……」
「え? じゃあこれ、授業の一環なの? アトラクション?」
「いや、偽りなく現実だよ。だから、死ぬ」
カナが指差した階下を覗き込むと、男子生徒が脳漿をぶちまけた状態だった。まだ下半身は痙攣していて、時折バタバタと動き、その度に血が噴出しいている。
「(絶句)」
「さて、避難の続きといきますかな……ん?」
「……どったん?」
「はは、私も腰抜けちゃった……やっぱ……怖いや……って、おい! 人が震えて涙目になってるのに!」
座っているカナの手元に、死体を見たことで再び発生した私の聖なる泉が到達し、浸った。
「う、うぇえ……」
「私も泣いていい?」
◆
「(ズガァン!)」
校舎が激しく揺れ、たまらず十文字と倉島が階段に倒れこんだ。
「むう、時間が無いのにこの校舎は広過ぎる! 十文字、小村崎が3Fのどの辺に居そうか見当つくか?」
「きっとB組と非常階段の間!」
「なるほど!」
「(ドゴァ!)」
2人の居る階段の壁が吹っ飛んだ。光と土煙、破片が大量に降り注ぐ。
「ぬおおおお!?」
「し、死ぬうううう!」
「十文字! い、急げ!」
2人は半泣きで、むき出しの階段を駆け上がる。
◆
「ゴア!」
巨人は、校舎の破片を手に掴むと、怪獣に向かって投げつけた。目潰しだ。
「グギャアオン!」
怯んだ怪獣を目がけ、巨人は渾身のドロップキックを放った。
「(ボギョキィ!)」
鈍い音が轟き、怪獣の左腕が折れた。
「グギャアアアアアアアアオン!」
怪獣頭部を狙ったドロップキックだったが、目潰しで慌てた怪獣の所作が、運悪くガードとなってしまった。しかし、確実なダメージが怪獣のさらなる隙を作った。
「ゴアー!」
巨人は左パンチを怪獣の腹に放ち、折れてプラプラしている右手をムチのように振り回してチョップを脳天に叩き込み、さらに左のアッパーカットをキメた。
「グルルルルル……」
怪獣はバタリと校舎に倒れこんだ。
◆
「キャアア!」
衝撃に対し、校舎の私たちの居る箇所は何とか持ったが、戦いの様子を見ていたカナが震え始めた。
「やばい、どうしよう、逃げないと危ないかも」
「え?」
「位置関係的に、巨人の必殺光線がこっちに来ちゃう」
視線を壁外に移すと、巨人は必殺技のタメと思しき所作を始めた。
「そんな……!」
「ゴォォァァアア……ッ!」
巨人は光の渦をためにため、怪獣――私たちの居る方向――に狙いを定めた。
「居た! 2人居るぞ!」
「おい、大丈夫か! 動けないのか? 今行く!」
十文字君と倉島先生が駆け寄ってきた。
「十文字は小村崎を背負って行け! 俺は藺草を連れて行く! ヤバいぞ! 急げ!」
「はい! 大丈夫? 行くよ!」
「う、うん!」
颯爽と登場した十文字君は、私に振り返って手を伸ばすと、背中に負ぶって走り出した。その様は、まるで――
「ゴアアアアア――!」
「グッギャアアアアアアアアオン!」
「(ドッガアアアアアアアン!)」
巨人が必殺光線を放ち、怪獣を爆発させた。私とカナが座っていた場所が一瞬で消し飛ぶ。光線を受けた際に怪獣がたまたま身をよじったことで、私たちは光線の影になって直撃を逃れたものの、爆風に吹っ飛ばされ、残った壁に打ち付けられた。
「ん、うう……」
爆炎が晴れると、既に巨人の姿は無かった。
「あの巨人はいったい……?」
「さあね。何の情報も無し」
「そうなんだ……じゃない! 十文字君! ありがとう! 本当に……本当に!」
「お、おう……」
十文字君は、照れくさそうに頭をかいた。
「っつうか小村崎さん……何でびちょびちょなの?」
「えっ! いや、あの……」
「ん? 臭い……?」
「……う、うぇえ……」
私の顔は燃えるように熱くなり、涙が溢れ出してしまった。
「え! ええ!?」
十文字君は状況が飲み込めていない様子だ。
「ごめんね、ごめんね……」
私は涙が止まらない。
「バッキャロウ!」
倉島先生の鉄拳が、十文字君の頬に炸裂した。
「いっつ……! ええ!?」
「台無しだよ、十文字……」
カナも十文字君を蔑んだ目で見下す。
「えええ~っ!?」
◆
夕焼けの中、半壊した校舎と、怪獣の肉塊を見上げる人物――四季城先生だ。
「こうなって来ると、さすがに急がないと駄目ね……。まったく……せっかちな男は嫌われるわよ」
その視線は鋭い。
◆
あの巨人は、あの怪獣は何だったのだろうか。これが日常の“特撮学園”とは何なのだろうか。
私はあまりの出来事に転校も考えたが、CGさんと呼ばれるあの少女の顛末がどうしても気になり、転校はそれを調べてからにしようと思った。恐らくそれは、幸せな情報ではないだろう。でも、私の命を救ってくれた少女の最期は、知らねばならないと強く思った。
そして、その夜私は、失禁系の乙女ゲームをポチッた。
乙女に不可能の文字は、無い。
◆
満月。
「(ぐちゃ……ぬちゃり……)」
死んだはずの怪獣の肉塊が、月光の中、蠢く――
第2章へ、つづく
ライトノベル『カウンタアタック! 特撮学園のCGさん』 ‐第1章 その1‐
『カウンタアタック! 特撮学園のCGさん』
‐ 第1章 「あの子の名前はCGさん」 その1 ‐
作:南瓜汁したたり
イラスト:チョコの人
「こ、小村崎唯です。……さ、3ヶ月遅れですが、よよよよろしくお願い致します!」
そんなわけで、高校1年の入学式の登校時間に、いきなり謎の爆発に巻き込まれて入院する羽目になった私は、7月になって初めてクラスメイトの顔を見ることになった。3ヶ月遅れともなると、もはや転校生の気分である。あがり症の私にとっては最悪レベルの注目度での新人デビューである。
無駄にセクシーな担任・四季城薫先生が身体をクネらせ、ウインクしながら言う。
「頑張って授業についてきてねン☆」
「は、ははは……」
入院中に自習はしていたものの、普通以下の女子高生である私にとって、カリキュラムの進行具合の問題は既に死活問題だったりする。
「小村崎さんの席はあそこの空いてる机よン☆ 席がいつまでも空いたままだったから、転校生がいつくるのか、みんなず~っとヤキモキしていたのよン☆」
「“謎空席”って、定番ですもんね……」
みんなからの居心地の悪い視線を感じながら、窓際の1番後ろの席へ向かう。まさに定番位置の席である。
「黒板が遠過ぎて見え辛かったら言ってねン☆」
「は、はい!」
「隣の席の十文字君は、小村崎さんに色々教えてあげてねン☆ 手とり足とり、情・熱・的・に☆ そのあとは、いつものように美味しくいただいちゃっていいからン☆」
「誤解を招くことを言うなよ! 自分の生徒に!」
「てへペロリンガ☆」
今日初めてクラスに来た私にとって、このやりとりは異常に思えるのだが、しんと静まり返っている教室の様子を見るに、既にマンネリ化しているようだ。
「あんな色情教師(四季城先生だけに)はほっといて……ええっと、俺は十文字サトル。よろしく。いたって普通の人なんで、気軽に何でも聞いて」
「う、うん、よろしく……お願いします……」
流れ的に何となく十文字君と目を合わせられなかったが、清潔そうで、勉強も運動も満遍なくこなせそうな、普通のツッコミ担当っぽい雰囲気の好青年だった。社交的っぽいので情報通と思われる。乙女ゲーマーとしては重宝級キャラである。
「(うーん、同じクラスじゃないのかな……)」
私はクラスを見渡して、私を救ってくれたあの少女の姿を捜したが、見つけることは出来なかった。あれから3ヶ月、何としても直接お礼が言いたかったのだ。
「じゃあ、今朝のHRの残りの時間は、プラナリアの生殖方法について解説するわねン☆」
色情教師……否、“色情狂氏”が身体をクネらせた。静まり返っている教室。
「あ、あのー……じ、十文字君」
「ん? さっそく?」
「はは、じ、実は人を捜してるんだけど、こんな女の子知らない? ―――」
◆
休み時間、ひと気の無い階段の踊り場。3人の女子生徒が、1人の男子生徒を取り囲んでいる。リーダーと思しき女子生徒が、デコレーションまみれの腕時計型スマホをチラつかせて言う。
「アタシさぁ、またお小遣いが足りなくなっちゃってぇ……いつもみたいに何とかしてくれなぁい?」
「幾ら?」
「諭吉レンジャーで」
「5万……無い……今月何度目だと思ってるの……」
「コレ、Puritterのアタシの複アカにUPしちゃうけど、い~い?」
腕時計型スマホの画面には、男子生徒が紐で縛られ、陰部を丸出しにさせられて泣いている写真が表示されていた。書き加えられたポップな文字が“I'm gay... fuck me please!”と楽しげに踊っている。女子生徒は、腕時計型スマホのホログラムキーボードを広げ、写真のUP作業を見せつける。
「2万……しかない……」
「ちぇっ。まぁいいや、毎度毎度すまないねぇ! 今夜、音大の大学生と合コンなのぉ」
女子生徒は2万円をむしり取ると、嬉々としてホログラムキーボードをしまった。
取り巻きの女子生徒が、腕時計型スマホの写真を覗き込んでカラカラと笑いながら言う。
「しっかしアンタ、ほんっと小っさいよねぇ! 残りの余生、どうやって生きていくの?」
「ちょっとやめなよ、本当のこと言っちゃ可哀想じゃん!」
「ギャハハハハ!」
男子生徒も、俯いたままハハ、と力なく笑った。
「また頼むね~! 愛してる! ギャハハ!」
女子生徒たちは振り返りもせずに、騒々しく去った。
男子生徒は俯いたまま、力なく蹲る。
その様子を、物陰から何者かが見ていた……。
◆
「お昼休みよぉン☆ あ・そ・ん・で・ネ☆ チュッ☆」
という校内放送を受け、昼休みの鐘が鳴った。
「え、い、今の何!?」
戸惑う私に、すかさず十文字君が解説してくれる。
「ああ、あれは放送部のアイディア。大きな節目の時報前放送だけ、教師が日替わりで担当しているんだよ。教師と生徒の距離を縮めようというコンセプトで、大好評。四季城みたいにキャラが立ってる先生の放送はなかなか人気なんだよ、他のクラスではね……」
「へ、へぇ……」
四季城先生のムンムンボイスによってお通夜ムードと化したうちのクラスを後にして、私は廊下に出た。他のクラスの男子たちが騒いでいる。
「嗚呼、四季城の声、エロいなぁ」
「たまんないよねぇ。いいなぁ四季城が担任のF組は。あれが毎日聞けるんだぜ……!」
「四季城、Fカップらしいぜ!」
「まじかよ! FカップだからF組なのか! 盲点だった!」
確かに、ウンザリしているうちのクラスとは違って、他のクラスでは四季城先生の人気があるようだ。
「(えっと、十文字君情報によると、あの子はB組だったっけ……。そういえばあの子、Bカップくらいだったな……いや、あの子のイメージに合ってて、いいんじゃないかな。……とってもいいよね。凄くいい! ……どうでもいいな……)」
私は雑念を押し殺し、さっきの十文字君との会話を思い出すよう勤めた。
◆
朝のHR中につき、ひそひそ声で話す十文字君。
「ああ、あの子か。……えっと名前は知らないんだけど、俺たちと同学年で、B組だよ」
「そっか、普段どんな子なのかな」
「うーん……あんまり良い噂は聞かないなぁ」
「え! そうなの?」
「クールが過ぎるというか……“冷たい奴”っていう評判だね。友達はいないっぽい」
「そうなんだ……意外……」
「先月もB組でその子関連の事件があったらしいぜ。詳細は何かヤバげだったから調べてないんだけどさ。でも、何でまた?」
「え! いやいや、ちょっとね……」
あの少女の意外な評判を聞いてしまい、動揺すると共に、十文字君の情報通キャラとしての有能性に驚く私であった。すっげ。
「あんまり関わらないほうが良いっぽいぜ?」
「ちょっとソコの2人! HR中よン☆」
登校初日だというのに、さっそく四季城先生に叱られてしまった。
「愛を囁きあうのは放課後になさい☆ 周りのチェリーが興奮しちゃうわよン☆」
「自分の生徒にそういうこと言うなっつの!」
「口答えしたわね? あなたたち、放課後のゴミ捨て当番ねン☆」
「げげっ!」
「ゴミを捨てたら好きになさい。焼却炉のそばは誰も居ない・か・ら・ン☆」
教室は、しんとしていた。
◆
期待半分、恐れ半分。緊張しながら恐る恐るB組の教室を覗いた。
「あ、唯じゃん!」
驚きの笑顔でかけ寄ってきたのは、同じ中学だった藺草カナちゃんだ。

「そっか、今日から登校なんだ! おめでとう!」
「ありがとー! あ、カナ、ちょっと人を捜してるんだけど、長い青白い髪の女の子で……」
「え、CGさん?」
「CG?」
「あぁ、あだ名で……。CGさんは……あそこの席なんだけど……」
カナは、答え辛そうに、ゆっくりと指を指した。
「え……?」
その席の机には花瓶が飾られ、あの少女の髪の色と同じように青白く美しい花が、風にゆっくりと揺れていた。
つづく
‐ 第1章 「あの子の名前はCGさん」 その1 ‐
作:南瓜汁したたり
イラスト:チョコの人
「こ、小村崎唯です。……さ、3ヶ月遅れですが、よよよよろしくお願い致します!」
そんなわけで、高校1年の入学式の登校時間に、いきなり謎の爆発に巻き込まれて入院する羽目になった私は、7月になって初めてクラスメイトの顔を見ることになった。3ヶ月遅れともなると、もはや転校生の気分である。あがり症の私にとっては最悪レベルの注目度での新人デビューである。
無駄にセクシーな担任・四季城薫先生が身体をクネらせ、ウインクしながら言う。
「頑張って授業についてきてねン☆」
「は、ははは……」
入院中に自習はしていたものの、普通以下の女子高生である私にとって、カリキュラムの進行具合の問題は既に死活問題だったりする。
「小村崎さんの席はあそこの空いてる机よン☆ 席がいつまでも空いたままだったから、転校生がいつくるのか、みんなず~っとヤキモキしていたのよン☆」
「“謎空席”って、定番ですもんね……」
みんなからの居心地の悪い視線を感じながら、窓際の1番後ろの席へ向かう。まさに定番位置の席である。
「黒板が遠過ぎて見え辛かったら言ってねン☆」
「は、はい!」
「隣の席の十文字君は、小村崎さんに色々教えてあげてねン☆ 手とり足とり、情・熱・的・に☆ そのあとは、いつものように美味しくいただいちゃっていいからン☆」
「誤解を招くことを言うなよ! 自分の生徒に!」
「てへペロリンガ☆」
今日初めてクラスに来た私にとって、このやりとりは異常に思えるのだが、しんと静まり返っている教室の様子を見るに、既にマンネリ化しているようだ。
「あんな色情教師(四季城先生だけに)はほっといて……ええっと、俺は十文字サトル。よろしく。いたって普通の人なんで、気軽に何でも聞いて」
「う、うん、よろしく……お願いします……」
流れ的に何となく十文字君と目を合わせられなかったが、清潔そうで、勉強も運動も満遍なくこなせそうな、普通のツッコミ担当っぽい雰囲気の好青年だった。社交的っぽいので情報通と思われる。乙女ゲーマーとしては重宝級キャラである。
「(うーん、同じクラスじゃないのかな……)」
私はクラスを見渡して、私を救ってくれたあの少女の姿を捜したが、見つけることは出来なかった。あれから3ヶ月、何としても直接お礼が言いたかったのだ。
「じゃあ、今朝のHRの残りの時間は、プラナリアの生殖方法について解説するわねン☆」
色情教師……否、“色情狂氏”が身体をクネらせた。静まり返っている教室。
「あ、あのー……じ、十文字君」
「ん? さっそく?」
「はは、じ、実は人を捜してるんだけど、こんな女の子知らない? ―――」
◆
休み時間、ひと気の無い階段の踊り場。3人の女子生徒が、1人の男子生徒を取り囲んでいる。リーダーと思しき女子生徒が、デコレーションまみれの腕時計型スマホをチラつかせて言う。
「アタシさぁ、またお小遣いが足りなくなっちゃってぇ……いつもみたいに何とかしてくれなぁい?」
「幾ら?」
「諭吉レンジャーで」
「5万……無い……今月何度目だと思ってるの……」
「コレ、Puritterのアタシの複アカにUPしちゃうけど、い~い?」
腕時計型スマホの画面には、男子生徒が紐で縛られ、陰部を丸出しにさせられて泣いている写真が表示されていた。書き加えられたポップな文字が“I'm gay... fuck me please!”と楽しげに踊っている。女子生徒は、腕時計型スマホのホログラムキーボードを広げ、写真のUP作業を見せつける。
「2万……しかない……」
「ちぇっ。まぁいいや、毎度毎度すまないねぇ! 今夜、音大の大学生と合コンなのぉ」
女子生徒は2万円をむしり取ると、嬉々としてホログラムキーボードをしまった。
取り巻きの女子生徒が、腕時計型スマホの写真を覗き込んでカラカラと笑いながら言う。
「しっかしアンタ、ほんっと小っさいよねぇ! 残りの余生、どうやって生きていくの?」
「ちょっとやめなよ、本当のこと言っちゃ可哀想じゃん!」
「ギャハハハハ!」
男子生徒も、俯いたままハハ、と力なく笑った。
「また頼むね~! 愛してる! ギャハハ!」
女子生徒たちは振り返りもせずに、騒々しく去った。
男子生徒は俯いたまま、力なく蹲る。
その様子を、物陰から何者かが見ていた……。
◆
「お昼休みよぉン☆ あ・そ・ん・で・ネ☆ チュッ☆」
という校内放送を受け、昼休みの鐘が鳴った。
「え、い、今の何!?」
戸惑う私に、すかさず十文字君が解説してくれる。
「ああ、あれは放送部のアイディア。大きな節目の時報前放送だけ、教師が日替わりで担当しているんだよ。教師と生徒の距離を縮めようというコンセプトで、大好評。四季城みたいにキャラが立ってる先生の放送はなかなか人気なんだよ、他のクラスではね……」
「へ、へぇ……」
四季城先生のムンムンボイスによってお通夜ムードと化したうちのクラスを後にして、私は廊下に出た。他のクラスの男子たちが騒いでいる。
「嗚呼、四季城の声、エロいなぁ」
「たまんないよねぇ。いいなぁ四季城が担任のF組は。あれが毎日聞けるんだぜ……!」
「四季城、Fカップらしいぜ!」
「まじかよ! FカップだからF組なのか! 盲点だった!」
確かに、ウンザリしているうちのクラスとは違って、他のクラスでは四季城先生の人気があるようだ。
「(えっと、十文字君情報によると、あの子はB組だったっけ……。そういえばあの子、Bカップくらいだったな……いや、あの子のイメージに合ってて、いいんじゃないかな。……とってもいいよね。凄くいい! ……どうでもいいな……)」
私は雑念を押し殺し、さっきの十文字君との会話を思い出すよう勤めた。
◆
朝のHR中につき、ひそひそ声で話す十文字君。
「ああ、あの子か。……えっと名前は知らないんだけど、俺たちと同学年で、B組だよ」
「そっか、普段どんな子なのかな」
「うーん……あんまり良い噂は聞かないなぁ」
「え! そうなの?」
「クールが過ぎるというか……“冷たい奴”っていう評判だね。友達はいないっぽい」
「そうなんだ……意外……」
「先月もB組でその子関連の事件があったらしいぜ。詳細は何かヤバげだったから調べてないんだけどさ。でも、何でまた?」
「え! いやいや、ちょっとね……」
あの少女の意外な評判を聞いてしまい、動揺すると共に、十文字君の情報通キャラとしての有能性に驚く私であった。すっげ。
「あんまり関わらないほうが良いっぽいぜ?」
「ちょっとソコの2人! HR中よン☆」
登校初日だというのに、さっそく四季城先生に叱られてしまった。
「愛を囁きあうのは放課後になさい☆ 周りのチェリーが興奮しちゃうわよン☆」
「自分の生徒にそういうこと言うなっつの!」
「口答えしたわね? あなたたち、放課後のゴミ捨て当番ねン☆」
「げげっ!」
「ゴミを捨てたら好きになさい。焼却炉のそばは誰も居ない・か・ら・ン☆」
教室は、しんとしていた。
◆
期待半分、恐れ半分。緊張しながら恐る恐るB組の教室を覗いた。
「あ、唯じゃん!」
驚きの笑顔でかけ寄ってきたのは、同じ中学だった藺草カナちゃんだ。

「そっか、今日から登校なんだ! おめでとう!」
「ありがとー! あ、カナ、ちょっと人を捜してるんだけど、長い青白い髪の女の子で……」
「え、CGさん?」
「CG?」
「あぁ、あだ名で……。CGさんは……あそこの席なんだけど……」
カナは、答え辛そうに、ゆっくりと指を指した。
「え……?」
その席の机には花瓶が飾られ、あの少女の髪の色と同じように青白く美しい花が、風にゆっくりと揺れていた。
つづく
ライトノベル『カウンタアタック! 特撮学園のCGさん』 ‐プロローグ‐
『カウンタアタック! 特撮学園のCGさん』 ‐プロローグ‐
作:南瓜汁したたり
イラスト:チョコの人
閃光――爆発する校舎。
モーレツな爆風に押し飛ばされる私。
「(キ―――ン)」と耳鳴りが頭に響き、一瞬真っ暗になった視界が光を取り戻し始めた。
ぼやけたピントが合い始めると、悪ノリした遊園地の回転ティーカップのように、世界が高速でぐるぐる回っている。
……いや、私が宙を舞っている!
「ぎ、ぎゃああああああああああああああ!」
私はようやく自分の状況を把握した。
体育館の屋根らしき物体をかなり下のほうに視認できたという事は、自分と地面との距離は少なく見積もっても30m以上はあるだろう。
私は全くもって普通の能力の人間……というか、運動神経等を考慮すると、普通以下の女子高生である。
状況を察するに、私は残念ながら、あと数秒で墜落し、ピンクの物体と化すだろう。
人は、死に直面すると走馬灯のように過去の体験が脳裏を過るという。
「嗚呼……、ヒカル……トシヒコ……ノリオ……」
落下による加速の中でいま私が見ているのは、今まで攻略してきた乙女ゲームのイケメンたち(主に歴史系)である。先ほど『普通以下の女子高生』と述べたが、この辺りも普通以下であった。しかし自分が残念な人だとは決して思わない。とっても幸せな思い出たちなのだから。
「マサトモ マサトモ コウフクダッタネ」
私を奪っていった美しい男たちへ最期のテレパシーを送り(私にそんな能力はない)、胸で手を組み、目を瞑る。
「(嗚呼、推し声優が来月出すという謎ジャンルCD『壁ドン!SONG♪』、聞いてみたかった……)」
そう思うと涙があふれ、その滴はキラキラと風圧に運ばれて行くのであった。
「身構えて!」
「え?」
衝撃。
「(ザッパ――――――ン!)」
墜落の直前、何者かに体当たりをされ、体育館横のプールに着水したらしい。
「ガボ!グベバボババ……!!」
そう、私は泳げない。普通以下なので、当然だ。
あまりのことに混乱している私の口と鼻の中に、塩素の匂いが充満する。鼻の奥と、気管、肺が熱い!痛い!苦しい……!
激しく揺らめく水面の光が、暗くなってゆく……
◆
やわらかく、あたたかいものが、私の唇を覆う。
「……んっ……」
とろける感触がぬるりと舌に絡み、熱い水蒸気が顔を撫ぜる。
甘い匂い。
真っ暗だった視界が明るくなるにつれ、目の前に影のようなものが見えてきた。
私の唇を覆う気持ちいいものは、つぅと糸を引いて距離をとった。
その影はやがて、人の顔であることを伝え始めた。
水に濡れ、逆光にきらめく長髪は青白く、同じ人間のものとは思えない美しさ。
私の身体を真剣に見つめる茶色く透き通った大きな瞳と、くるりと長いまつ毛は愛おしく、日本人でないことを語る。
着ているのは4月だというのに夏服。同じ学校のものだ。私をプールから助けあげてくれたのだろう、びしょぬれで下着が透けてしまっている。
水の滴る可憐な少女は、私達とは別次元の存在のような、触れたら壊れてしまうような神秘性を宿していた。
ぷりっとかわいいピンクの唇がすうっと息を吸い込み、きゅっと力むと、私を目がけて迫ってきた。
「え!いやいやいやちょっとまっ……んっ―――!!」
可憐な少女は、触れたら壊れてしまいそうな印象からは想像つかない超怪力と、舌が抜かれると思わんばかりの壮絶な吸引力をもって、私の唇を奪った。

「ん、ん―――! ……ん? んぐ、ご、ぐぼぉおおおえええええええ!!!!」
私の肺の中から、胃の中から、信じられない量のプールの水が湧き上がってきた。
「ゲホ!ガホ!ケホケホ……」
口から鼻から塩素水を、逆光の中キラキラと、びちゃびちゃと出し切り、地面まで伸びたよだれと鼻水を拭って息を整えると、ホッとしたやら情けないやら、なんだか色んな感情が沸いて泣けてきた。
「う、うぇえ……」
「大丈夫。もう大丈夫だから」
外国人にしか見えない少女は、流暢な日本語でそう言いながら、私をきゅっと抱きしめた。少女の華奢でやわらかな身体は、びしょぬれで冷やりとした感触の奥にある、確かな熱を伝えてきた。
あたたかい。
「ぅえ?……あ……ありがろうごらいまひゅ……。れ、でも……ふ、ファーストキスが……うぇえ……」
「?」
少女は、しょうもない事でだらしなく泣く私の顔を覗き込んでキョトンとすると、頬を赤らめ、恥ずかしそうに言った。
「……私も初めてなの。うまく出来たかな?」
「……ちょっと乱暴すぎかも……」
「ふふ」
「あはは」
普通以下の私と人間離れした少女との出会いは、そんな感じで、吊り橋効果的なアレをもって固い友情へと発展していくことになるのだが――
「ははは……!? い、痛たたたたたたた!!!!」
「どど、どうしたの?」
「折れてる! これ、折れてる! そりゃそうだよ、あんだけ落ちれば折れるよ!! い、痛っ……」
「え? あら? 失神してる? いけない、救急車!」
◆
あらゆる骨がバッキボキに折れてて、入院。
あの爆発が何だったのか、私をプールまでふっ飛ばして助けてくれたのは何者なのか、そして、あの可憐な少女は何者なのか……。
少女に名前を聞く前に失神してしまった私は、退院までの3ヶ月間、悶々と過ごすことになった。
そして入院中は乙女ゲームが出来ないので、そういう意味でも悶々と過ごすことになるのであった……。
「とりあえず、あの唇の感触をイケメン補正することから始めよう……」
乙女に不可能の文字は、無い。
つづく
作:南瓜汁したたり
イラスト:チョコの人
閃光――爆発する校舎。
モーレツな爆風に押し飛ばされる私。
「(キ―――ン)」と耳鳴りが頭に響き、一瞬真っ暗になった視界が光を取り戻し始めた。
ぼやけたピントが合い始めると、悪ノリした遊園地の回転ティーカップのように、世界が高速でぐるぐる回っている。
……いや、私が宙を舞っている!
「ぎ、ぎゃああああああああああああああ!」
私はようやく自分の状況を把握した。
体育館の屋根らしき物体をかなり下のほうに視認できたという事は、自分と地面との距離は少なく見積もっても30m以上はあるだろう。
私は全くもって普通の能力の人間……というか、運動神経等を考慮すると、普通以下の女子高生である。
状況を察するに、私は残念ながら、あと数秒で墜落し、ピンクの物体と化すだろう。
人は、死に直面すると走馬灯のように過去の体験が脳裏を過るという。
「嗚呼……、ヒカル……トシヒコ……ノリオ……」
落下による加速の中でいま私が見ているのは、今まで攻略してきた乙女ゲームのイケメンたち(主に歴史系)である。先ほど『普通以下の女子高生』と述べたが、この辺りも普通以下であった。しかし自分が残念な人だとは決して思わない。とっても幸せな思い出たちなのだから。
「マサトモ マサトモ コウフクダッタネ」
私を奪っていった美しい男たちへ最期のテレパシーを送り(私にそんな能力はない)、胸で手を組み、目を瞑る。
「(嗚呼、推し声優が来月出すという謎ジャンルCD『壁ドン!SONG♪』、聞いてみたかった……)」
そう思うと涙があふれ、その滴はキラキラと風圧に運ばれて行くのであった。
「身構えて!」
「え?」
衝撃。
「(ザッパ――――――ン!)」
墜落の直前、何者かに体当たりをされ、体育館横のプールに着水したらしい。
「ガボ!グベバボババ……!!」
そう、私は泳げない。普通以下なので、当然だ。
あまりのことに混乱している私の口と鼻の中に、塩素の匂いが充満する。鼻の奥と、気管、肺が熱い!痛い!苦しい……!
激しく揺らめく水面の光が、暗くなってゆく……
◆
やわらかく、あたたかいものが、私の唇を覆う。
「……んっ……」
とろける感触がぬるりと舌に絡み、熱い水蒸気が顔を撫ぜる。
甘い匂い。
真っ暗だった視界が明るくなるにつれ、目の前に影のようなものが見えてきた。
私の唇を覆う気持ちいいものは、つぅと糸を引いて距離をとった。
その影はやがて、人の顔であることを伝え始めた。
水に濡れ、逆光にきらめく長髪は青白く、同じ人間のものとは思えない美しさ。
私の身体を真剣に見つめる茶色く透き通った大きな瞳と、くるりと長いまつ毛は愛おしく、日本人でないことを語る。
着ているのは4月だというのに夏服。同じ学校のものだ。私をプールから助けあげてくれたのだろう、びしょぬれで下着が透けてしまっている。
水の滴る可憐な少女は、私達とは別次元の存在のような、触れたら壊れてしまうような神秘性を宿していた。
ぷりっとかわいいピンクの唇がすうっと息を吸い込み、きゅっと力むと、私を目がけて迫ってきた。
「え!いやいやいやちょっとまっ……んっ―――!!」
可憐な少女は、触れたら壊れてしまいそうな印象からは想像つかない超怪力と、舌が抜かれると思わんばかりの壮絶な吸引力をもって、私の唇を奪った。

「ん、ん―――! ……ん? んぐ、ご、ぐぼぉおおおえええええええ!!!!」
私の肺の中から、胃の中から、信じられない量のプールの水が湧き上がってきた。
「ゲホ!ガホ!ケホケホ……」
口から鼻から塩素水を、逆光の中キラキラと、びちゃびちゃと出し切り、地面まで伸びたよだれと鼻水を拭って息を整えると、ホッとしたやら情けないやら、なんだか色んな感情が沸いて泣けてきた。
「う、うぇえ……」
「大丈夫。もう大丈夫だから」
外国人にしか見えない少女は、流暢な日本語でそう言いながら、私をきゅっと抱きしめた。少女の華奢でやわらかな身体は、びしょぬれで冷やりとした感触の奥にある、確かな熱を伝えてきた。
あたたかい。
「ぅえ?……あ……ありがろうごらいまひゅ……。れ、でも……ふ、ファーストキスが……うぇえ……」
「?」
少女は、しょうもない事でだらしなく泣く私の顔を覗き込んでキョトンとすると、頬を赤らめ、恥ずかしそうに言った。
「……私も初めてなの。うまく出来たかな?」
「……ちょっと乱暴すぎかも……」
「ふふ」
「あはは」
普通以下の私と人間離れした少女との出会いは、そんな感じで、吊り橋効果的なアレをもって固い友情へと発展していくことになるのだが――
「ははは……!? い、痛たたたたたたた!!!!」
「どど、どうしたの?」
「折れてる! これ、折れてる! そりゃそうだよ、あんだけ落ちれば折れるよ!! い、痛っ……」
「え? あら? 失神してる? いけない、救急車!」
◆
あらゆる骨がバッキボキに折れてて、入院。
あの爆発が何だったのか、私をプールまでふっ飛ばして助けてくれたのは何者なのか、そして、あの可憐な少女は何者なのか……。
少女に名前を聞く前に失神してしまった私は、退院までの3ヶ月間、悶々と過ごすことになった。
そして入院中は乙女ゲームが出来ないので、そういう意味でも悶々と過ごすことになるのであった……。
「とりあえず、あの唇の感触をイケメン補正することから始めよう……」
乙女に不可能の文字は、無い。
つづく